学長からのメッセージ

放送大学の特徴ある学びのかたち

放送大学長
岩永 雅也
博士(学術)(筑波大学)、教育学修士(東京大学)。専門は、教育社会学の視点と方法を基礎とした現代的教育課題の分析。生涯学習と遠隔高等教育、才能教育、社会調査などが研究テーマ。

放送大学での学びには二つの大きな特徴があります。一つ目の特徴はその方法・手段です。放送大学で学ぶ人たちの目的は、たとえば、長年勤めた会社を定年退職したので好きだった歴史の勉強をじっくりしてみたい、リカレント教育の一環として数理・データサイエンスを学びデータサイエンティストをめざしたい、あるいは20代でとれなかった大学卒業資格を取得して職場での昇格につなげたい、等々、実にさまざまです。職業は多種多様で、年齢も10代から90代まで広汎に分布しています。また、居住地域も日本全国津々浦々に分散しています。要するに、一言で言って実に多様な人たちが多様な目的で学んでいるということです。そのように多様な学生が集まる放送大学ですが、学びの方法・手段は共通しています。それは遠隔学習(distance learning)ということです。放送大学の学生は、BS放送を通して、インターネットを介して、あるいは郵便などの通信手段を使って、空いた時間に好きな場所で自由に学ぶことができるというメリットを十分に活かして、いつでもどこでも気軽に必要な学びを実現しています。そのように、学習上の障害となるさまざまな方法的制約から解放されているということが、放送大学での学びの第一の特徴です。

放送大学での学びのもう一つの大きな特徴は、経験知や既存の知識を最大限に活かしているということです。アメリカの心理学者R・キャッテルとJ・ホーンは、人名や地名を覚える、外国語の単語を記憶するといった短期記憶、数式・公式など抽象的関係性の知覚、素早い情報処理、瞬発力を要する学習などの能力は、誰でも20歳前後をピークとして低下の一途をたどることを実証的に明らかにしました。そうした知力を、彼らは「流動性知力」と呼んでいます。残念ながら成人学習者がその知力で10代、20代の学生に勝ることは困難です。というのも、この知力の発揮には何よりも処理時間の短さが要求されるからです。即答式のクイズ番組で教養ある中高年が簡単に高校生に負けてしまうのもそのためです。

しかし、成人の知力は衰える一方なのかといえば、そうではありません。同じキャッテルらの研究により、人間には、物事を言語的に理解し、経験を評価してその成果を利用し、社会環境から適切な情報を引き出すタイプの知力もあって、それは成人期を通じてむしろ高まっていくことがわかっています。彼らはそうした知力を「結晶性知力」と名付けました。結晶性知力には、生来の知能よりも関心や興味、あるいは経験の豊富さ、そして学習に費やした時間やエネルギーの方がより深く関わっているとされます。いうまでもなく、その結晶性知力こそ、成人学習の基盤となる能力特性です。

成人学習者主体の放送大学では、スピードも膨大な知識の機械的暗記も重要ではありません。意味もなく暗号のような記憶を蓄積するのではなく、現実の事象を理解するための説明を自らの経験知と既存の知識を総動員して組み立て、それを完結するために必要だけれども今は不足している部分の知識を効率的にねらって獲得する・・・・そうした結晶性知力を生かした学習こそ放送大学での修学に最も適しており、また多くの方々がそのように学びを進めているところです。

学びの扉は、知の結晶をめざすすべての方々に開かれています。