
麻木久仁子さん
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石丸昌彦教授
「今日のメンタルヘルス」
スペシャル対談
2023年4月に放送大学の選科履修生となった麻木久仁子さん。タレントであり国際薬膳師でもある彼女が2年目となる2024年に選んだ科目の一つに「今日のメンタルヘルス(’23)」があります。今回は特別に「今日のメンタルヘルス(’23)」の主任講師である石丸昌彦教授と対面し、メンタルヘルスをテーマに対談を行いました。
(対談実施:2024年7月)

麻木氏(左)・石丸教授(右)
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メンタルヘルスは、万人に関係する学問
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麻木:先生よろしくお願いします。まず、「今日のメンタルヘルス(’23)」とはどのような科目なのか、簡単にご紹介ください。
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石丸:「メンタルヘルス」ですから心の健康を扱う科目で、一般の大学では「精神保健学」などの科目名で開講しているものにあたります。具体的には、病気の治療だけにフォーカスするのではなく、生活の中でどう健康度を高めて病気を予防していくかといったことを学びます。教材の執筆者は医師と心理学の先生がほぼ半々で、心理学の先生方にストレスコントロールや発達心理学などを担当してもらっているのが一つの目玉です。
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麻木:病気とは言えないけれど、心が弱っているときに自分の状態をどう見つめるかを学べるのですね。それだけメンタルヘルスは万人に関係する学問だと思います。
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石丸:自分が勉強したい科目をスポットで取るというのが放送大学の楽しみ方のひとつですが、麻木さんはどうして「今日のメンタルヘルス(’23)」をお取りになったのですか?
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麻木:60歳になる少し前、体力が落ちるのと同時に気力も落ちているのを自覚して不安を覚えました。そして、これはなぜ起きるのか、自分なりにどうメンタルをコントロールしていくべきか、そもそもメンタルコントロールできるのかと関心を持ったのがきっかけです。心療内科に行って相談するほどではない、だけどすごく元気で気力が充実していた頃とは明らかに違う。一体自分に何が起きているのかを知りたいと思いました。
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石丸:実際に勉強してみていかがですか?
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麻木:教材には「老年期に入って喪失感を味わうけど、そこから自己統合して、ある種の納得感を得る時が来る」と書いてあったので、ちょっとほっとしました。「今日のメンタルヘルス」のいいところは、放送教材で現場の人たちが大勢出てくるところです。先生の講義の後、患者さん当人やケアをしている先生、地域で頑張っている人など、いろいろな最前線の人たちが登場して、実感や実態を語ってくれます。理屈と実践が一つの形になっている点が面白いですね。
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石丸:麻木さんは50代で大きな病気を2つ経験なさっていますが、気力に対する影響などはありませんでしたか?
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麻木:病気になるまでは仕事も子育ても忙しく、テンションが高いまま「ガーッ」と猛進していました。あまり細々と考える暇もなかったのです。悩みはもちろんありますけど、「この仕事を勝ち取ってやる!」というポジティブな悩みでした。ところが、最近は勝ち取ろうとする悩みではなく、喪失することに対する不安を感じます。
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自己流のメンタルケアは逆効果
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石丸:加齢とどう向き合うかは誰にとっても大きなテーマです。体力面では落ちることが避けられないでしょうが、逆に、年齢とともにスキルアップしてきた自分を感じることはありますか?
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麻木:スキルアップではありませんが、昔はギラギラしていたけど、今はソフトになったと感じます。例えば、仕事場でチームワークがうまくいかないときは、自分を責めたり、他人を責めたりしていました。「もっと頑張れ自分!」とか「もっと頑張ろうよ、みんな!」というように。
今は「丸くなった」と言えるかもしれません。仕事や人生のピークを超えて、昔を振り返って懐かしんでいるだけだと考えればマイナスですが、一生気力・体力ともに充実してブルドーザーみたいに猛進できるわけではないのだから、この歳まで業界に残っていられることを評価しようと思っています。 -
石丸:寝る前にお酒を召し上がるそうですが、どのくらい召し上がるのでしょう?
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麻木:以前は、バーボン2フィンガーを2杯くらい毎晩飲んでいました。コロナになってスケジュールも真っ白で、気づくと酒量が増えていたのです。でも、今年の4月に人間ドックへ行ったらγ-GTPの数値に黄色信号が灯ってしまって…。ここ最近は週に2回しか飲まないようにしています。
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石丸:そのあたりは、きちんと軌道修正できたのですね。良かったです。
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麻木:休肝日を作ってみたら、飲まないで寝た翌日は朝からシャキッとしていています。これまでは午前中ずっとダメで、年齢的な気力の衰えかと思っていましたが、「酒を止めればいいんだ」と、今は少し反省しています。
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石丸:アルコール問題は、隠れた国民病ですからね。
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麻木:教材には、アルコール関連のことも書かれていましたね。メンタルをケアしようと、自己流でお酒を飲んでいたら逆効果だと…。誰に迷惑をかけるわけでもないから、飲んで寝てしまうという自己流ケアに、「その気持ちわかるわ」と思いましたが、用心するに越したことはないですね。
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石丸:麻木さん、夜はどれくらい寝ていますか?
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麻木:睡眠は割ととっていて、深酒していなければ7時間半くらいです。前回「睡眠と健康」の科目も取りました。要するに、長時間寝ればいいというわけではないけれど、睡眠時間が短いのもダメ、ということですよね。
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石丸:睡眠時間には個人差がありますが、多くの人にとって7時間半くらいは良い目安です。厚生労働省が「睡眠12箇条」を出していて、夜によい睡眠をとりたければ、朝ちゃんと起きて朝日を浴びて、朝ごはんを食べる。日中はちゃんと体を動かして、酒は飲み過ぎないこととあります。それだけのことをやってもダメなら、医者に診てもらいましょうと。まずはセルフケアが肝心です。
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メンタル面でも機嫌よく明るいおばあちゃんが理想
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石丸:これから先はどのような将来像を描いていますか?
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麻木:あまり大それた夢はないです。今やっている食に関する情報発信を続けていければいいなというのが一つ。それと、将来娘が結婚して子どもができたら、「時々は手伝いにきて」と言われると思うので、元気でいなくちゃ、メンタル面でも機嫌よく明るいおばあちゃんでいなくちゃ、と思っています。そういった身近な日常生活がおだやかであることが、ありがたいと感じます。
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石丸:テレビで話してらっしゃいましたが、若い頃からいろいろと多難でしたね。しかし、困難があっても、都度それをエネルギーに変えてしまう逞しさをお持ちだと感じました。
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麻木:ありがとうございます。自分は落ち込みがちですし、世の中を恨みがちだと自覚しているので、ある程度意識的に自分の責任は自分で取ろうと思っています。私も20代の頃は10年間タレントとして売れませんでした。ただ「何歳までにここに到達するためには、今からこれをやらなければいけない」と逆算してトレーニングを積み重ねていたわけではありません。人から「司会の仕事をしてみたら?」と言われたから、「できるかな?」と思いながらやってみて、「ドラマをやってみたら?」と言われたから「できるかな?」と思いながらやってみて、「原稿を書いてみたら?」と言われたから「書けるの?」と思いつつ書いてみたりしていました。「やってみて、ダメだったらもう注文も来ないでしょう」というスタンスでしたが、生活の不安はありますから、ムキになってやっていたのです。そうしたら、いつの間にか何とかなっていたというだけです。コロナが明けて、最近はジタバタしてもしようがないと、メンタルも割と落ち着いてきました。放送大学で勉強して、少し客観的に自分を見つめたり、理屈を勉強したりすることができたおかげでもあると思います。
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メンタルの休養には雇用形態が大きい
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石丸:個人的に日本人のメンタルヘルスで一番気になるのが、「なんでこんなにゆとりがないのか?」ということです。麻木さんは、ゆとりについてどう思ってらっしゃいますか?
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麻木:教材の中でも、自分でストレスチェックができるようになっていますよね。確かに、若い頃なら仕事について記入することも多かったと思いますが、今は仕事量が少ないので、ゆとりがあり過ぎるのが不安の元です。そうなると、ゆとりって何だろうと思います。
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石丸:そこなのですよ。空白の時間があればゆとりというわけではありません。麻木さんは、「これをやってみな」と言われてやってみた。そこで、自分を厳しくチェックして減点評価するのではなく、自分自身を認めながら泳がせてきた。これが麻木流のゆとりなのかなと思います。うつ病の治療には休養が大事なのですが、医者が休めと言っても「とんでもない、休んでなんかいられません」という人が多いのです。
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麻木:私が若い頃に忙し過ぎてうつ病になっていたら、「休め」と言われても休みたくなかっただろうと思います。フリーランスなので、復帰できなくなる恐怖があるのです。そう考えると、メンタルの休養について、雇用形態は比較的大きいと感じています。会社勤めならば病気で一年くらい休んでもお給料の何割かはもらえるでしょう。でもフリーランスだとそうはいかない。社会全体を見ると、メンタルヘルスに対する理解が高まっているにもかかわらず、安定した雇用という面では幅がすごく狭くなっている。社会の力が衰えつつあるのではないかと感じます。
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石丸:ゆとりは、個人の努力でだけ獲得できるものではなく、それを可能にする条件がないと獲得できないということですよね。もうひとつお話ししたかったのは「スピリチュアル」についてです。健康における「スピリチュアル」なものの価値が世界的に注目されています。WHO(世界保健機関)による健康の定義では、身体的・精神的・社会的の3つの側面すべてが良好な状態にあることを「健康」と定めていますが、そこに「スピリチュアル(霊的)にも良好な状態にあること」を加えようという提案が1998年頃なされました。総会での採択は見送られましたが、重要な問題提起となったのです。日本語に訳しづらいのですが、良心や道徳、宗教的なもの、また人間らしい「心」と表現すればいいでしょうか。「心」が健康であることは、メンタルヘルスを向上していくために、非常に大切なことだと思います。
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麻木:例えば、どういうことでしょうか?石丸:心ある親は、子どもに「ありがとう」と口先だけで言うのではなく、心をこめて言わなければいけないと教えます。この「心をこめて」というところがスピリチュアルに相当すると言っていいでしょう。日本で一番分かりやすいのは、緩和ケアですね。私がなぜこの話を持ち出したかと言うと、麻木さんはスピリチュアルの足腰が非常に強い方だと思うからです。是非スピリチュアリティについても発信してください。麻木:自分ではまだよくわかりませんから、勉強することで客観視して、自分の状態を言葉にできればはいいなと思います。今はいろいろな治療があって、いいお薬があるので、足掻こうと思えば足掻けてしまう。足掻けば何とかなると思いたいから、スピリチュアルは軽視されているのではないでしょうか。
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心身の健康と社会システムについて学びたい
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石丸:麻木さんは放送大学2年目ということで、これからどういうことを学んでいきたいとお考えですか?
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麻木:私は自分の心身の健康に興味があって、自分の心と体の変化に理屈を与えたい、客観性を与えたい、言語化もできるようになりたいと思ってきました。それが自分の発信につながればいいと思っているので、この先も心身の健康に関わることを学んでいくと思います。
でも、先ほど雇用形態の話をしたように、社会のあり方が個人の心身の健康に大きく影響する一面もあるので、これから少しずつ社会システムの講座も取っていくつもりです。
【石丸昌彦教授プロフィール】
石丸昌彦
放送大学教授
1979年、東京大学法学部卒業。1986年、東京医科歯科大学医学部卒業。1994~1997年、米国ミズーリ州ワシントン大学精神科留学。1999年、東京医科歯科大学難治疾患研究所講師。2000年~桜美林大学助教授・教授。2008年~放送大学教授。専攻は精神医学
本記事は麻木久仁子氏の了解の下、放送大学学園の企画・編集にて掲載しています。