「南極×放送大学」
地球の果てに行っても、
学びへの情熱は止まらない
2025年12月、第67次南極地域観測隊が南極へ向けて出発します。今回の派遣では、初めて南極から放送大学の授業を受講することとなり、観測活動と並行して、隊員が自由に学べる環境を整備。「南極」という特別な地での“新しい学び方”として、注目が集まっています。
この新たな学びに挑戦するのは、今回が初の南極行きとなる3名の観測隊員。西村隊員、倉本隊員、矢萩隊員と、国立極地研究所南極観測センターの宮本さんに、南極観測隊への想いや放送大学への期待について伺いました。
地球の変化をダイレクトに感じられる南極は、
気象を学ぶのにぴったりの場所
西村 英樹(にしむら ひでき)さん
第67次南極地域観測隊 越冬隊員 野外観測支援担当
夢のきっかけは、映画「南極物語」
小学校5年生のときに見た映画「南極物語」。その感動が忘れられず、卒業文集にも「いつか南極の観測隊員になりたい」と書きました。社会人になってからも、その火は消えることなく灯り続け、ようやくその夢が実現することになりました。あのころ芽生えた冒険魂が、今大きく燃えはじめています。
私に与えられた任務は「野外観測支援」です。南極の厳しい環境の中で研究を行う隊員の安全を守り、現地で使われる装備の整備や、管理なども行います。山岳ガイドに通じるスキルが求められる仕事であり、登山をライフワークとしてきた私にとっては、これまでのキャリアを試される場でもあります。山と向き合い続けてきた経験を活かし、しっかりと任務を遂行してきます。
最も過酷な環境で、気象を学べる貴重なチャンス
「放送大学の授業を受講できる」と聞いたとき、「南極で学ぶ」いう大胆な発想に興味を惹かれ、受講してみようと思いました。選んだ科目は、「初めての気象学」と「マーケティング」の2つです。
長年登山を続けてきた私にとって、気象は身近なものでした。山では天候の変化が、ときには命に関わることもあるので、常に意識しています。そうした経験もあり、今回、南極という厳しい環境で気象のしくみを改めて学ぶことは、大きな意味があると感じています。さらに、観測隊には気象庁から派遣される気象の専門家もいますので、その活動を間近で見られることも、学びを深めるうえで貴重な経験になると思います。
一方、「マーケティング」は、これまでの自分の仕事に近い分野です。以前は、スポーツ・アウトドア関連企業で製品のPRやマーケティングを担当していたので、復習のような形で、あらためて基礎から学べたらと考えています。
私の業務は屋外での活動が中心になるので、机に向かえる時間は多くありません。業務が休みの日はもちろん、ブリザードや天候が悪く外に出られない日などに時間を見つけて、学びを積み重ねていきたいですね。
ひとつ新しいことを学ぶと「もっと知りたい!」と、
どんどん興味が広がっていきます
倉本 颯也(くらもと そうや)さん
第67次南極地域観測隊 越冬隊員 モニタリング観測担当
南極は、科学の最前線
高校生のころから、「いつか南極に行ってみたい」と思っていました。南極は、文明や人の暮らしから切り離されていて、自然の息づかいを直に感じられる場所。科学の最前線で、地球環境の変化を目の当たりにできるなんて、ものすごく面白いと思いませんか?
自分もその場に行って研究に貢献したいと、大学では南極に関わる研究テーマを選びました。今回の派遣ではモニタリング観測を担当しており、「宙空分野」を任されます。少し聞き慣れない言葉かもしれませんが、オーロラや地磁気など、大気の中層から超高層を観測する仕事です。
現在、大学院の2年生ですが、任務のために休学し、帰国後は院に戻って研究を再開する予定です。南極での経験を、今後の研究に活かしていきたいと考えています。
新しい知が、新しい世界をひらく
放送大学では、「ファイナンス入門」と「初めてのスペイン語」の2科目を選択しました。社会に出るうえで欠かせないお金の知識を学びたいと思ったこと、そして、大好きなサッカー選手が活躍するスペインに以前から興味があったことが、選んだ理由です。 大学では理系を専攻しているので、これまで文系の科目に触れる機会はあまりなく、新しい学びの機会をいただけることに、今からワクワクしています。
放送大学の良さは、やはり「時間や場所に縛られずに学べること」だと思います。私はいわゆる“コロナ世代”で、大学1年のときの授業はすべてオンラインでした。キャンパスに行けなかった寂しさもありましたが、一方で、「どこでも自由に学べる」というメリットを一番実感した世代でもあります。南極でも、すきま時間を上手く使いながら、少しずつ学びを続けていきたいですね。
ひとつ新しいことを知ると、「これも気になる」「あれも知りたい」と、興味がどんどん広がっていくタイプです。放送大学での学びを通して広がった視野を、南極での経験とも結びつけながら、さらに深めていけたらと思っています。
30年越しで手に入れた南極観測隊への切符。
放送大学での学びの時間も楽しみです
矢萩 智裕(やはぎ・としひろ)さん
第67次南極地域観測隊 越冬隊員 モニタリング観測担当
国家公務員の職を離れ、夢だった南極観測隊へ
私は、南極でモニタリング観測を担当します。地表から上空およそ30キロまでの大気や積雪などが対象となる「気水圏」、そして地球の固体部分である「地圏」のデータ観測や機器のメンテナンスが主な仕事です。こうした分野のモニタリング観測を通じて、地球の環境変化を長期的に見守っていきます。
10代のころは星が好きで、「将来は天文学を学びたい」と考えていました。南極に興味を持ったのは高校2年生のとき。ある大学の研究室訪問で、南極観測隊の方にお話を聞く機会があり、南極の氷を入れたジュースをごちそうになったり、オーロラの映像を見せてもらったりしました。「こんなにもロマンに満ちた場所があるのか」と、南極への強い憧れが生まれたのを今でも覚えています。
その後、大学で関連分野を学び、南極観測隊への派遣実績がある国の機関に就職しましたが、なかなかチャンスに恵まれませんでした。それでも南極への想いを忘れられず、公務員を辞めて民間企業でスキルを磨き、ようやく夢に手が届くところまで来ました。30年近くかかりましたが、これまでの経験はどれも無駄ではなく、諦めずに歩んできて本当によかったです。
ずっと興味のあった経済学を、南極で
放送大学では、「ファイナンス入門」を受講する予定です。ずっと理系の道を歩んできた自分には経済学は関係のない分野だと考えていましたが、数年前、医療経済やウェルビーイングを専門とする教授のお話を聞く機会があり、「経済ってこんなに面白いんだ!」と見方が変わりました。それ以来、「いつか経済をきちんと学びたい」と考えていたので、その機会をいただけることをうれしく思います。
放送大学の魅力は、専門分野を体系的に学べるところにあると思います。最近は、学習目的の動画配信なども増えていますが、放送大学の講義には、それらと一線を画す長年の信頼と実績があり、専門分野に精通した先生方が丁寧に教えてくれる安心感があります。また、教材を何度でも繰り返し見て、復習できることもうれしいポイントですね。学んだ経済の基礎は、仕事や家庭など、今後のキャリアに活かしていければと思っています。
新しい学びとの出会いは、行き詰ったときの突破口になる
宮本仁美(みやもと・ひとみ)さん
国立極地研究所 南極観測センター 企画業務担当マネージャー
「南極」に「大学」があった?!
昨年度末、文部科学省から「南極観測隊員のみなさんに、放送大学の授業を体験してもらうのはどうでしょう?」というご提案をいただいたとき、私は迷うことなく「面白そうだ!」と思いました。というのも、実は「南極」と「大学」には、昔からちょっとしたつながりがあるからです。
越冬隊は、1年以上にもおよぶ長い南極生活を送ります。その中で、隊員が順番に“先生役”になって、自分の仕事や趣味について話す――そんな場が設けられているんです。これを私たちは「南極大学」と呼び、大切な時間として受け継いできました。
隊員には、研究者やエンジニア、医師や料理人など、その道のスペシャリストがそろっています。そのため、普段聞けない話や、興味深い知識が飛び出してくることもあり、「南極大学」を楽しみにしている人も多いんです。専門知識を深めるというより、お互いの世界を共有して学び合う、そんな温かいひとときになっています。そういう伝統があるからこそ、今回、放送大学という“本物の大学”の授業を南極で受けられるというお話が、心に響いたのかもしれません。
放送大学での学びを、南極生活での「新しい楽しみ」に
南極という外界と切り離された環境で、自分の専門分野だけに向き合い続けていると、どうしても視野が狭くなり、行き詰まりを感じることも少なくありません。そんなときは、まったく違う分野の知識や発想に触れてみると、思わぬ突破口が開けることがあるんです。そういう意味でも、放送大学がもたらしてくれる新しい学びとの出会いには、大きな可能性を感じています。
今後も継続していけば、「南極でも知識を深めたり、新しいことを吸収したりできるんだ」と、観測隊ならではの特別な体験の一つと感じてもらえるようになるかもしれません。放送大学での学びが、長い越冬生活の中での、「新しい楽しみ」になってくれたらとてもうれしいです。

