学長からのメッセージ

生涯学習と最高学位

放送大学長
岩永 雅也
博士(学術)(筑波大学)、教育学修士(東京大学)。専門は、教育社会学の視点と方法を基礎とした現代的教育課題の分析。生涯学習と遠隔高等教育、才能教育、社会調査などが研究テーマ。

本学大学院には、修士課程の上部に博士後期課程も設けられています。今から10年ほど前、生涯学習機関と社会的に認知されてきた本学に博士後期課程の構想が持ち上がりましたが、当初、学内外から「生涯学習と最高学位は互いに異質で相容れないものだ」という批判の声が寄せられました。そのうえ、既存の大学院での博士号(ドクター)取得者の就職難やオーバードクターの問題が指摘されていた当時、限定的な定員とはいえ、本学で新たな博士後期課程を創設することは、無謀な「冒険」と見られてもいました。

しかし、大学を取り巻く当時の現実に目を転じると、未曾有の自然災害とそれによって引き起こされた先例のない環境問題、一国経済主義の終焉とグローバル化の進展、それによってもたらされた産業の空洞化及び人々の就労構造の著しい変化、極度に逼迫した公共財政、それらの根底にある少子高齢化といびつな人口構成、次々と現れる新たな感染症、それらの直接的な帰結としての医療と社会保障の問題、拡大しつつある社会格差、国際的な軋轢・紛争等々、日本社会は、世界は、そして自然環境はまさに大きな危機と変化のただ中にあると思われました。

そうした状況の下で、日本社会では、伝統的大学の内部で養成される既存タイプのエリートではなく、現実に地域や家庭、職場などで生活し働く人々、つまり社会人が、自ら直面する諸問題をさまざまな連携と協働を通して理解し、解決していく仕組み作りが強く要請されていました。同時に、そうした社会人を、高度な調査力・分析力・研究力を持つ専門家として育成する、高度にして柔軟な教育機会も求められていました。それは、伝統的な通学制の大学院の不得意とするところでした。本学の博士後期課程に対する期待は、まさにそうした背景のもとで高まってきたのです。放送大学は、地域や職場などの課題解決をリードする高度な社会人研究者の育成をめざして、日本では先例のない教養教育に基礎を置く生涯学習型の博士後期課程を開設し、2014年10月には高倍率の入試を通過した待望の第一期生10名を受け入れました。

本学大学院博士後期課程では、これまで100名以上の入学者を迎え入れ、約50名の学位取得者を送り出しました。その多くが大学等の教育機関や研究機関、医療機関、官公庁、企業などで専門的・管理的な仕事に就いている有職者です。学位取得後に新たに大学等で研究教育職に就いたケース、職場内で上位の職位に昇任したケース、また在野の研究者として著作を刊行したケースも少なくありません。学位取得とそのための学修がその方々の仕事の質をいっそう高めていることは疑いのないところです。現在も多くの在学生が専任教員の親身の指導を受けながら、論文の完成、学位取得を目指しています。