学長からのメッセージ

生涯学習と博士学位

放送大学長
岩永 雅也
博士(学術)(筑波大学)、教育学修士(東京大学)。専門は、教育社会学の視点と方法を基礎とした現代的教育課題の分析。生涯学習と遠隔高等教育、才能教育、社会調査などが研究テーマ。

生涯学習機関だと考えられてきた放送大学に博士課程を作る......その構想には、当初、社会の各方面からそして大学内部からも疑問の声が寄せられました。「生涯学習と最高学位は互いに異質で相容れないものだ」という批判も少なくありませんでした。たしかに、博士取得者の就職難やオーバードクターの問題が指摘されていた当時、限定的な定員とはいえ放送大学で新たな博士後期課程を創設することは、時代への逆行もしくはひいき目に見ても無謀な「冒険」と捉えられていました。

しかし、大学を取り巻く現実に目を転じると、未曾有の自然災害とそれによって引き起こされた先例のない環境問題、経済ナショナリズムの終焉と経済のグローバル化、それによってもたらされた産業の空洞化及び産業・就労構造の著しい変化、極度に逼迫した公共財政、それらの根底にある少子高齢化と偏頗な人口構成、その直接的帰結としての医療と社会保障の問題、大きな社会格差、国際的な軋轢等々、日本社会はまさに戦後最大の危機と変革の時代のただ中にあると思われました。

そうした状況の下で、日本社会では、伝統的大学の内部で養成される一握りのエリートではなく、現実に地域や職場等で生活し働く人々、つまり「社会人」が、自ら直面する諸問題をさまざまな連携と協働を通して理解し、解決していく仕組み作りが強く要請されていました。同時に、そうした社会人を、高度な調査・分析力、研究力を持ち、各分野での政策立案とその実施に関わる能力を備えた社会人研究者として育成する高度な教育機会も強く求められていました。そして、それは、伝統的な通学制大学の大学院では実現困難なことだと考えられていました。放送大学の博士後期課程創設に対する期待は、まさにそうした背景のもとで高まってきたのです。

放送大学では、それまでも学部と修士課程において、地域・職場等の具体的諸問題に取り組んで実践的課題の解決に資する能力を開発し、研究機会を提供することで成果を上げてきましたが、その基盤の上に、博士課程を設置して地域社会・職場等の課題解決をリードするより高度な社会人研究者を育成し、質の高い社会貢献をめざすべく、2014年4月、博士後期課程の設置に踏み切りました。

博士後期課程では、これまでの7年間で計98名の入学者を迎え入れ、計28名の博士学位取得者を送り出しています。その多くが大学を含む教育機関や研究機関、医療機関、官公庁、企業などでプロフェッショナルな仕事をされている方々です。既に入学前からそうした仕事をされていた方々も多いのですが、学位の取得がそうした方々の仕事の質をいっそう高めていることは疑いのないところです。現在の博士後期課程には6つのプログラム合わせて64名が在籍し、専任教員の親身の指導を受けながら、論文の完成を目指しています。